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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)14540号 判決

主文

一  被告らは各自、原告高橋榮久子に対し、金七七〇万四一一四円及び内金七二〇万四一一四円に対する昭和六二年一〇月二七日から、内金五〇万円に対する被告山田耕一は昭和六三年一一月一七日から、被告佐藤弘行は同月一八日から、各支払済みまで年五分の割合による金員、原告高橋忍及び原告高橋義和に対し、各金四三五万二〇五七円及び各内金三八五万二〇五七円に対する昭和六二年一〇月二七日から、各内金五〇万円に対する被告山田耕一は昭和六三年一一月一七日から、被告佐藤弘行は同月一八日から、各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告高橋榮久子に対して四〇〇〇万円、原告高橋忍及び原告高橋義和に対して各二〇〇〇万円、及びこれらに対する昭和六二年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告高橋榮久子(以下「原告栄久子」という。)は訴外亡高橋清(昭和一〇年一二月一一日生。以下「清」という。)の妻であり、原告高橋忍(以下「原告忍」という。)及び原告高橋義和(以下「原告義和」という。)は清の子であった。

(二) 被告佐藤弘行(以下「被告佐藤」という。)は、東京都葛飾区〈住所省略〉に店舗(以下「本件店舗」という。)を所有し、「ゴンドラ」の名称でパブを経営する者であり、被告山田耕一(以下「被告山田」という。)は、被告佐藤に雇用され、本件店舗において接客等にあたっていた従業員である。

2  本件不法行為の発生

(一) 被告山田は清に対し、昭和六二年一〇月二六日午後八時三〇分ころ、本件店舗内の出入口付近において、左手で同人の右手首をつかみ、本件店舗前の歩道に勢いよく引っ張り出すという暴行を加えたため、その勢いで近くの石柱に同人の前額部付近を衝突させるとともに、同人をその場に転倒させ、よって同人に頭部外傷による頭蓋内損傷の傷害を負わせ、翌二七日ころ同人を右傷害に基づく脳挫創、くも膜下出血、硬膜下血腫により死亡させるに至らせた。

(二) 被告山田の右所為は、被告佐藤の事業の執行についてなされた不法行為であり、被告山田は民法七〇九条に基づき、被告佐藤は民法七一五条に基づき、各自原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

右不法行為に基づく原告らの損害は次のとおりである。

(一) 清の損害

(1) 死亡慰藉料 三〇〇〇万円

妻子をかかえた働きざかりの清が、たまたま飲酒したパブで従業員からゆえなく暴行を受けて死亡するという悲惨な最期を遂げたことによる精神的苦痛に対する慰藉料としては、三〇〇〇万円が相当である。

(2) 逸失利益 四三〇〇万円

清は、死亡当時、東京都立川市において、ふぐ料理店を経営していた五一才の健康な男子であった。したがって同人は少なくとも一六年間は稼働可能であり、右の期間を通じ、年間五三六万円に相当する収入を得ることができたというべきであるから(賃金センサスによる平均賃金)、控除すべき生活費を三割とし、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右一六年間の逸失利益の現価を算定すると、約四三〇〇万円となる。

五三六万(円)×〇・七×一一・五四=(約)四三二九万(円)

(3) 葬式費用 一〇〇万円

(4) 弁護士費用 六〇〇万円

以上合計 八〇〇〇万円

(二) 原告らの相続分

清の死亡により、同人の損害賠償請求権は、法定相続分にしたがい、原告栄久子が二分の一、原告忍及び原告義和が各四分の一の割合をもって相続した。

よって、原告らは、被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右各損害金及びこれらに対する右不法行為により清が死亡した日である昭和六二年一〇月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は不知。同1(二)の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は不知。

三  抗弁

1  正当防衛

清は、事件当日、酩酊して本件店舗を訪れ、居合わせた若い女性客二名に対し、執拗に話しかけて絡んだため、被告山田は右女性客らの求めに応じて、二度にわたり清に注意を与え、そのつど自席に戻した。

しかし、清はまたもや右女性客らに絡み始め、その身体に触れるなどしたため、同被告が三度目の注意をしたところ、清はかえって「おまえ格好つけるな」「表に出ろ」などと興奮して言い放ち、今度は同被告に絡んできた。

そこで、同被告は清に対し、同人をなだめて帰すつもりで店外に出るように促したところ、同人もこれに応じ、同被告の後ろから背中を押すように本件店舗の出入口へ向ったが、同被告が右出入口の扉を開けた瞬間、同被告の襟首から肩付近の着衣を突然強くつかんだため、同被告は背後からの不意の攻撃に危機感を覚え、咄嗟に清の手首をつかんで引っ張るという行為に出たものであり、同被告の右所為は、清の不法行為に対し、自己の身体を防衛するためやむを得ずなされた正当防衛と評価すべき行為である。

2  過失相殺

被告山田の清に対する前記所為は、右のとおり、本件店舗を訪れてからの清の一連の無分別な言動、とりわけ直前の同被告に対する攻撃が誘発したものである。しかも清は、酩酊して雨に濡れた歩道上の鉄板に足を滑らせて思いもよらず石柱に頭部を打ちつけたのであり、また受傷後搬送された救急病院において、理由なく暴れるなどして医師の適切な治療を受ける機会を自ら逸し、同人を連れ帰った原告栄久子の父も同人を一日以上も放置したのである。

したがって清や原告らの損害の算定にあたっては、清らの行動や不可抗力ともいうべき事情を斟酌し、相当割合の過失相殺がなされるべきである。

3  見舞金の控除

被告山田は、昭和六三年二月五日、原告栄久子に対し、見舞金として一〇〇万円を支払ったので、同原告の損害からこれを控除すべきである。

4  被告佐藤は、被告山田の選任及び監督について相当の注意をしていた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

清は身長一五九センチメートルの小柄な五一才の男であり、一方被告山田はボディビルで鍛えた頑丈な体格をもつ二一才の青年であって仕事がら酔客の扱いに慣れていたものであるから、本件店舗の出入口付近で清に着衣をつかまれたとしても、穏便に同人を外へ送り出すことができたはずであり、さほど力も及んでいなかったと思われる同人の右所為を違法な行為ととらえ、これに対して同人を力まかせに路上に放り投げる行為をもって、やむを得ない防衛行為であると評価することはできない。

2  抗弁2は争う。

飲食店においては、酔客が従業員や店員に絡むことはありふれた行為であり、その扱いに慣れ体力もある被告山田については、本件店舗内における清の言動をもって前記暴行に対する過失相殺の事由とすることはできないし、思いがけない因果をたどって清が死亡したことも不可抗力というべきではない。

また清が受傷による苦しみと酩酊のため、搬送された病院で暴れ出して受診することができなかったとしても、適切な治療を工夫しなかった医師の過失が問われて被告らとの連帯責任が生じることはあっても、これを清の過失や不可抗力ととらえることはできない。

3  抗弁3は認める。

4  抗弁4は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(一)の事実については、〈証拠〉により、これを認めることができ、同1(二)及び2の事実は当事者間に争いがない。

したがって被告らは各自、右不法行為により原告らに生じた損害につき賠償の責を負うべきところ、右損害については次のとおりであると認められる。

1  清の逸失利益 八八一万六四五八円

〈証拠〉によれば、清は死亡当時五一歳の男子で、昭和四〇年九月ころからふぐ料理店を経営しており、当時はたまたま店舗を移転させるために休業していたが、被告山田の加害行為により死亡しなければ六七歳に達するまでの一六年間稼働することができ、その間少なくとも死亡する前の昭和五九年における収入である一二七万三七二七円に相当する収入を毎年得ることができたと認められるから、右の期間を通じて控除すべき生活費を右収入に照らし四割として、年五分の割合による中間利息の控除につき、ホフマン式計算法により清の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり八八一万六四五八円となる。

なお原告らは、清は死亡当時、賃金センサスによる五〇歳から五四歳の男子労働者の平均賃金である年額五三六万円の収入を得ていたと推認すべきである旨主張するが、清が前認定の金額を超える収入を得ていたこと及び清が死亡しなければその後右金額を超える収入を得ることができた蓋然性があることにつき、立証はないから(原告ら主張に沿う原告栄久子本人尋問の結果は措信しない。)、原告らの右主張は理由がない。

計算式127万3727(円)×(1-0.4)×11.5363=881万6458(円)

2  清の慰藉料 二二〇〇万円

清が死亡によって受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては、二二〇〇万円をもって相当と認める。

なお前認定の身分関係によれば、清の死亡により右1、2の損害賠償請求権は、原告榮久子が二分の一、原告忍及び原告義和が各四分の一の割合をもって相続により取得したことが認められる。

3  原告榮久子が支出した葬儀費用 一〇〇万円

原告榮久子は、清の妻であるから、清の葬儀費用を支出したものと推認されるところ、その金額は原告ら主張の一〇〇万円を下回ることはないというべきである。

4  原告らの弁護士費用 一五〇万円

原告らは被告らが損害額を任意に支払わないため、原告訴訟代理人に本訴の提起、遂行を委任したが、本件不法行為の態様、事案の難易、審理経過、損害額その他諸般の事情に照らし、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては原告一人あたり五〇万円(合計一五〇万円)が相当である。

二  次に抗弁について判断する。

1  前認定の事実並びに〈証拠〉によれば、清は、昭和六二年一〇月二六日に、東京都葛飾区亀有に住む原告栄久子の父猪狩和平と飲酒したのち、午後八時ころ同人と本件店舗を訪れ、テーブル席についてビールを注文して飲み始めたこと、ところが清は、やがてカウンター席にいた先客の若い女性二人に執拗に話しかけるなどして絡むようになったため、被告山田は清に対して注意をし、二度にわたって自席へ戻したこと、しかし午後八時三〇分ころになって、清がまたもや右の女性客に絡み肩に手を置くなどし始めたので、同被告はさらに同人に注意をして自席に戻したところ、清は猪狩はこもごも同被告に対し「お前格好つけるな」「いいから表に出ろ」などと粗野な言辞を弄したうえ、清において同被告の肩と腰あたりに手をあてて押すような姿勢で本件店舗の出入口に向ったこと、同被告は清のこのような言動に不快な気分になったものの、同人をなだめて帰ってもらうつもりでそのまま出入口まで歩いて行ったが、扉を開けた際同被告の右肩に置かれていた清の手に突然力が入ったため、同被告は立腹の余り左側に振り向きざま左手で同人の右手首をつかみ、同人を歩道上に勢いよく引っ張り出す前認定の暴行を加えたこと、清は身長一五九センチメートルの小柄な初老の男であり、被告山田は身長一七〇センチメートルのボディビルを習う青年であったところ、清は本件店舗に入店したときから酩酊しており同被告にもそれが一見して明らかであったこと、本件店舗内で被告山田から二度にわたって注意を受けた際にも清は一応はこれに従って自席に戻っており、三度目にやや強い調子で注意をされたことをきっかけに粗野な言辞を同被告に申し向けたが、その際にも、同被告に暴力を振るうような危険な様子は見せておらず、清と同被告とのやりとりも他の客から注目を集めるほど激しいものではなく、同被告自身も興奮するようなことはなかったこと、本件店舗の出入口で清が被告山田の肩をつかんだといっても、清はいきなり同所で襲いかかったのではなく、それまで同被告の肩に置いていた手に多少力が入ったという程度の感触にすぎず、同被告に対してさほどの危機感をもたらすものではなかったこと、被告山田は清の手に力が入るや、間髪を入れず前記暴行に及んでいるのであり、右暴行は立腹の余りなされたというほかないことが認められる。

右事実によれば、清が被告山田の肩に置いた手に多少力を入れたとしても、これに続くより強度の侵害行為が予見されたわけでもないから、同被告の右暴行は清に対する反撃としては相当性を欠き、自己の権利を防衛するためのやむを得ない行為であるということはできない。

したがって、抗弁1は理由がない。

2  しかしながら、前認定のとおり、被告山田の前記暴行は、酩酊して本件店舗を訪れた清が女性客に絡むという所為に端を発し、それを注意した同被告に対する清の粗野な言辞やさらに同被告を挑発するような所作に起因するものであり、しかも〈証拠〉によれば、清は受傷後診療のため搬送された金町中央病院において泥酔して暴れ、診療を拒否したため適切な治療を受けられなかったことが認められ、さらに〈証拠〉によれば、猪狩は自宅に清を連れ帰りながら、事件の翌々日まで放置していたことが認められる。

したがって本件においては以上の事情を考慮して、前記一1ないし3の損害の合計額から過失相殺として五割を減ずるのが相当である。

なお、右事件当時、本件店舗の出入口と歩道の高低差のために設けられた鉄板の勾配が降雨のため滑りやすくなっていたこと、本件店舗の前面の歩道上に石柱があったことなどの偶発的事情は、被告山田が本件店舗で稼働して付近の状況を知悉している以上、本件では過失相殺により原告らの損害額を減じる要因とはなり得ない。

3  被告佐藤が被告山田を使用するにあたり、選任及び事業の監督について相当の注意をしていたことを認めるに足りる証拠はない。

4  被告山田が原告栄久子に見舞金一〇〇万円を支払ったことについては、当事者間に争いがなく、右の支払は、損害の一部てん補としての性質を有するというべきであるから、原告栄久子の損害額からこれを控除するのが相当である。

三  以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告栄久子が右損害金合計七七〇万四一一四円及び弁護士費用を除く七二〇万四一一四円に対する清が死亡した日である昭和六二年一〇月二七日から、弁護士費用五〇万円に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日(被告山田について昭和六三年一一月一七日、被告佐藤について同月一八日)から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また原告忍及び原告義和が右損害金合計各四三五万二〇五七円(弁護士費用を除く各三八五万二〇五七円及び弁護士費用各五〇万円に対する遅延損害金の支払を求める部分については、原告栄久子と同様)の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから認容し、その余はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池 徹)

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